マグノリア室内管弦楽団 第12回定期演奏会のメインとして演奏するG.マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調について、常任指揮者の藤田和宏氏に聞きました。
「マーラーの自我と世界との戦い」
――次は第2楽章です。
藤田:きましたね!第2楽章こそ、この交響曲の核心かもしれないです。
――どんな曲ですか?
藤田:これが、究極的に支離滅裂なんですね。とても込み入ってて忙しくて、あっという間に通り過ぎていきます。メロディはメロディで勝手に動くし、下の伴奏は伴奏で全然別の歌を歌ってます。
――それが支離滅裂さにつながっているんでしょうか。
藤田:そうですね。心があっちに引っ張られ、こっちに引っ張られするような。エヴァ感あります。
――エヴァンゲリヲンの世界観、近いかんじしますよね。
藤田:そう。だって2楽章は「自我と世界との戦い」ですからね。アニメでいうと世界系、主人公一人の葛藤が世界の行く末を左右するような。マーラーのスーパーヒーロー感が半端なくて、「なんで俺の言うことを聞いてくれないんだみんなぁ!」という怒りが爆発してます。
――マーラーの人生でも、うまくいってないときを映しているような?
藤田:そうですね。まぁ、常にあんまりうまくいってないんですけどね。たくさんのオーケストラで指揮をしていたんですが、芸術を追い求めすぎて、ブラックなオケになってしまうんですね。それで3ヶ月もすると、奏者や事務局との間で喧嘩が起きるという。どこのオケでも必ず。
――ちょっと周りにいると大変ですね(苦笑)
藤田:理想を追い続けて、本当にハイソサエティな人にはうけるけど、ついてけないよ!という人も多かった。周囲から怒りの視線を浴びてるからか、マーラーは常に不機嫌だったんですね。心に余裕がないかんじが、特に2楽章に出てると思います。
「ラピュタのあのシーンを曲にしたら」
――どういうところに注目するといいですか?
藤田:これこそ、目をしっかり開けて見てほしいです。
――視覚的に面白いですよね。
藤田:はい、最初から全員バラッバラに動いてます。弦楽器は上から下まで必死で腕を動かしてますし、管楽器はナイフみたいに尖った強い音を出すので、がんばってんなーと見てもらえれば(笑)
――そのあとは?
藤田:業火で焼かれるような音楽が始まります。例えるならば「天空の城ラピュタ」で、ロボット兵が軍事基地で目覚めて周りを焼き尽くすシーン!
――シータが塔の上みたいなところで、パズーに手を伸ばすところですね!
藤田:そうそう、パズーーー!シーターー!ドビュシュン(レーザーが撃たれる音)!ゴゴゴゴゴゴゴ(周囲が燃えてる音)!のところ(笑)あのかんじを曲にしたら、こうなりますね(笑)
――それが冒頭のあとの、少しメロディックになった場面ですね。
藤田:はい、メロディックなんですが、うるさくて、マーラーが火炎放射器で周りを焼き尽くしてるような音楽です。映画のダークヒーローみたいな。
――トレンチコート着て逆光で立ってるようなイメージですね(笑)そのあとは一転して静かな場面もありますね。
藤田:そこがまたポイントです。1分半くらいティンパニが静かにドドドド…と叩き続ける中で、チェロが歌い続ける場面があります。ティンパニの音はまるで、パチパチ、ゴゴゴゴと燃えてる街の音のかんじですね。その中で立ち上がるチェロの歌ですが、実は、マーラーの交響曲第1番「巨人」の第4楽章にほぼほぼ同じメロディが出てきます。
――なんと!
藤田:巨人という曲は、自分自身を巨人に例える曲なんです。負けかけた巨人が最後に勝利をおさめるんですが、その間にある明るく甘い、巨人にとっての郷愁みたいな場面でそのメロディが登場します。それが、5番のここに、今度は暗い音楽として出てくるんですね。それがまるで、追い込められて弱っている巨人を暗示しているかのようです。
――ヒーローものの映画でも、ヒーローの内面に迫る静かな場面ってありますもんね(笑)
藤田:まさにそのイメージですね(笑)ヒーローにもこんな過去があった!みたいな。そんな場面を経てもう一度のたうちまわるシーンに戻ってきます。その中では、第1楽章のある場面が再現されたり、タタタターンという共通した動きが出てきたりします。まるで、第2楽章の中心にいる人物を、遠くから見たのが第1楽章であるかのように思えますね。
――1、2楽章をまとめて1部としているくらいですから、共通している要素はあるんですね。
藤田:はい、物語的にも共通してるはずです。あと、第5楽章の予告が少し入っているのも興味深いです。第2楽章のなかに一瞬明るくなるシーンがあるんですけど、それこそが第5楽章の予告です。ヒーローの勝利のような。「俺はやがては報われるんだ!」という思いが出てます。
――急に前向きになるところありますよね。
藤田:そう、急なんですよ。だけど最後は巨大なハンマーが振り下ろされるみたいに、倒されてしまって、灰が降ってくるみたいな終わり方になってます。
「あらゆる炎はマーラーの頭のなかに」
――炎の描写が多いですよね。燃え盛る炎から、チラチラ燃える火の粉まで。
藤田:いろんな炎が出てきますよ。だんだん炎が大きくなっていくところがミソです。最初は弦楽器や木管楽器が、崩れる瓦礫みたいな音を表現してるのが、金管楽器や打楽器にうつっていって、音が尖って大きくなります。現場に近付いていくかんじです。崩れる音響をいっぱいやってくれます。聴いてるだけでも景色が想像できるかもしれません。
――ポイントは、ここまで話してきたこと全部、マーラーの頭のなかの出来事ってことですね。
藤田:そう、そこですね!実質的な被害はないんですが、彼の頭の中では、みんなマーラーにおびえて、逃げまどい、ひれ伏している…みたいな。
――視覚的に注目してほしいところはありますか?
藤田:管楽器が楽器を高く持ち上げて吹く場面ですね。ベルアップというんですが、この指示が徹底的に楽譜に書いてあるんです。
――どういう効果があるんですか?
藤田:直接音が飛ぶということですね。バッと一斉にかまえて、バッと大きな音がくるので、視覚的にも音響的にも効果抜群です。面白いので、ちょっと見ててください。
<「第3楽章」へつづく>
マグノリア室内管弦楽団 第12回定期演奏会
日時●2020年3月1日(日)14:00開演(13:30開場)
会場●高槻現代劇場 中ホール(大阪府高槻市)
指揮●藤田 和宏
独奏●場野 まりな
B.リンデ/ヴァイオリン協奏曲
マーラー/交響曲第5番 嬰ハ短調
※入場無料(カンパ歓迎)・全席自由(未就学児の入場可能)
※演奏メンバーを募集しております。エントリーフォームよりお申込みください。
場野 まりな(ヴァイオリン独奏)
大阪府高槻市出身。大阪府立茨木高等学校卒業。東京藝術大学音楽学部を卒業後、京都市立芸術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。これまでに武田充代、木村和代、故 若林暢、澤和樹、漆原朝子、四方恭子の各氏に師事。また、霧島国際音楽祭、京都フランスアカデミー等のマスタークラスを受講。第16回日本クラシック音楽コンクール高校生の部入賞。第8回大阪国際音楽コンクール大学部門入賞。2009年8月、デュオコンサートを開催。2014年青山バロックザールにてソロリサイタルを開催。2018年9月、トリオコンサートを開催。現在は大阪フィルハーモニー交響楽団等の楽団への賛助出演や後進の指導、アマチュアオーケストラと協奏曲の共演を行っている。